見出し画像

データ活用で社会のウェルビーイングに貢献〜住友生命保険 中川邦昭さん【データ×生命保険】~

primeNumber(プライムナンバー)の代表 田邊雄樹が、さまざまな業界で活躍するデータ活用のキーパーソンにお話を伺うインタビュー企画「データ×〇〇」。第1回は住友生命保険 情報システム部上席部長代理の中川邦昭さんです。同社は、さまざまな生命保険商品やサービスを扱い、「スミセイ」の愛称で知られる1907年創業の老舗企業です。近年、社内システムの刷新を実施。DXを進める一方で、2018年に健康増進型保険“住友生命「Vitality」”を発売。1国1社のみがライセンスを結んでいるサービスですが、その導入はデータ活用やシステム管理のスタンスを大きく変えることになったと言います。その導入の裏側も含め、中川さんが考えるデータの活用や未来との関わりについて伺いました。

中川邦昭さん(情報システム部上席部長代理)
1997年住友生命保険相互会社入社。支社勤務を経て情報システム部門に異動し、資産運用関係のシステム開発に従事。その後、資産運用基幹系システムのクラウド化プロジェクトや社内データウェアハウス基盤の刷新プロジェクトをプロジェクトリーダーとして推進。2018年頃からAIや機械学習を活用した高度なデータ分析に関するインフラ構築、人材育成、組織組成などのプロジェクトを立ち上げや体制構築に携わった。現在は社内データ分析専門チームをリードし、各種プロジェクトを推進している。

住友生命保険
https://www.sumitomolife.co.jp/

■「社会公共の福祉に貢献する」ためのデジタル活用

田邊:まず、中川さんがいらっしゃる情報システム部の業務をお伺いできますか。 

中川:おもに2種類あり、一つ目が社内システムの開発や保守、管理です。子会社のスミセイ情報システム(以下、SLC)と開発する内製システムではプロジェクトマネジメントも担当します。そしてもう一つが、近年増えてきたITやデジタルを用いて企業価値を上げる仕事です。DXとクラウド化による社内システムのモダナイゼーション、そして新商品の健康増進型保険“住友生命「Vitality」”を核としたデータ活用などCX(顧客体験価値)の向上に取り組みました。

田邊:DXも幅広いですが、たとえば具体的にはどのような施策を行われたのですか。

中川:たとえば、Vitality導入のためのシステム構築やVitalityデータを活用したアプリ開発などです。コロナ禍以降はお客さまの非対面、非接触ニーズに対応できる体制構築が必要になったため、その体制構築と、それに関わる社内システムづくりなどを行っています。この他、一部で取り組みを始めたばかりですが、オープンイノベーションで行っているWaaS(Well-being as a Service)の取り組みもあります。WaaSとは、お客さまの人生を支える様々なサービスを提供するエコシステムのことです。色々な提携先企業と新規ビジネスの検討・開発を進めており、データ活用やアプリ開発の技術は欠かせません。まさしくDXと呼べると思います。

田邊:データ活用は売上向上やコスト削減という企業成長のための目的はもちろんあるかと思いますが、社会的役割の大きな御社ですとそれ以外の課題意識もお持ちなのでは?

中川:そうですね。こうした活動は「一人ひとりのよりよく生きる=ウェルビーイングに貢献する」という2021年から始まったブランド戦略2.0に基づくもので、弊社のパーパス(存在意義)である「社会公共の福祉に貢献する」という理念が軸になっています。これを実際の企業の取り組みに置き換えると、データを活用し、超高齢化が進む日本のヘルスケアに関する社会課題を解決することだ、となったわけです。健康増進型保険を早くから扱ってきたことも強みになるでしょうと。

田邊:非営利のデータ活用って掛け合わせる要素はさまざまですが、その中で御社が「社会課題の解決」に着目されていることがとても興味深いです。 

中川:時代によって提供する商品や取り組みが変わっても、「社会公共の福祉に貢献する」という理念の土台は変わらないんです。かつて、保険は、有事の際に保険金として価値をお返しすることで残されたご家族を守るために登場し、医療革新で治る病気が増えると治療をサポートする入院保険やがん保険が生まれました。そして、人生100年時代と言われる現代では、保険会社もお客さま「一人ひとりがよりよく生きる」お手伝いができるのではないか、健康はもちろん精神的・社会的に幸福になっていただける商品設計や仕組みづくりが必要ではないか、という所から生まれたのがVitalityであり、ウェルビーイングに関連するさまざまな取り組みです。ここには人とデジタルの融合が不可欠なんです。

田邊:なるほど。まさに時代と未来を見据えられた活動ですね。

中川:妄想かもしれませんけど、会社だけでなく、社会全体の未来の利益にも繋がる気がするんです。日本は世界に先駆けて超高齢化社会に入るでしょうから、そこで某かのサービスを提供できれば、いい前例を世界に発信できるのではないかなと。

■データに親しむ社風と社内システムのDX

田邊:しかし、御社の中心的な活動に深くデータやデジタル技術が関わっていますよね。入社された頃にはこんな時代が来るとお考えでしたか。
 
中川:思わなかったです。私は1997年入社ですが、当時はIT部門ではなく支社配属で、さまざまな仕事とともに支社販売支援システム(BOSS)というオンプレミスのデータベースを扱っていました。営業の販売実績や契約データを簡単なBIツールで抽出し、販売促進などに使う支社運営のための資料作成を行う作業があったんです。その時にはExcel上で簡単なデータ分析もやっていたかな。支社の職員にもDWH(データウェアハウス)へのアクセス権限が与えられ、データを直に扱えていたわけですから、現状に繋がる土台はあったのかもしれませんね。それに、保険のプライシングはアクチュアリーという高度な数理知識を持つ専門家が様々なデータに基づいて行うので、保険業界自体がデータに身近だったのだと思います。

田邊:組織として、業種として、データとの親和性が高かったと。
 
中川:でも、2010年代にDWHの社内基盤を公開するプロジェクトを始めることになり、各支社の状況を調査したのですが、まだBOSSが現役だったんです。

田邊:20年ほど何も変わっていなかったと。データ活用のお話を伺ってからですと意外な気もしますが……。では、そのプロジェクトではどんな部分から着手されたのですか。

中川:若手職員が販売関係の資料作成にかかりきりになってしまう環境の改善です。実は、BOSSへのアクセス件数と販売実績への影響を分析してみたら、有意な相関は見られませんでした。効果の確証なく資料作成に時間を費やし、検証もしない。そんな状況をなくし、データを効率的に扱えるというもう少しデータドリブンな文化を会社に根付かせたいと思いました。
 
田邊:現在も競合他社、別の業種でも毎日データのとりまとめ作業に追われる社員さんは多いですが、御社もかつてはそうだったのですね。実際はどんな施策で対応されたのですか。

中川:支社にBIツールのTableauを導入しました。支社の各社員がインタラクティブにデータを深掘りできる仕組みが必要だろうと。本社から提供すれば支社でいちいちデータを触る必要はなくなりますし、ダッシュボードからドリルダウンするだけでデータ分析も簡単ですからね。

田邊:その効果は見られました?

中川:それが、難しかったんです。当初はビジュアルでわかりやすいデータを提供していたのですが、現場からは表形式で抽出できて再編集できるデータがほしいという要望も多くて。今は導入後の振り返り時期でもあるので、課題の評価ができたらよりクリエイティブに活用してもらえるような巻き直しが必要だと、まさに知恵を絞っている最中です。 
 
田邊:データが身近な社風でも大きな改革は難しいと実感させられます。データ分析に基づかない企画頼みの活動や、Excelに依存した属人的な業務では、再現性の実現を妨げることになると思います。何が原因でそうなってしまうんでしょう。やはり長年の習慣でしょうか。 

中川:そうだと思います。何十年も続いたスタイルを変えることに抵抗がある職員はもちろんいますからね。でも、だからこそ地道に啓蒙しなければと思っています。 

田邊:プロジェクトについて経営層はどうご覧になっています? 

中川:実は、この取り組みができたのは、経営層が強力な推進役になってくれたからなんです。現場発信だと「何で今さら変えなきゃいけないの」という意見に圧されてうまくいかないことは多いです。完全な変化はまだ先とはいえ、そのためのスタートが切れたのは経営層に理解があったおかげだなと。その意味では恵まれていますよね。

■Vitalityがもたらしたクラウド環境と保険データ管理の変化

田邊:業務改善は課題になりやすいですよね。弊社の規模であっても一度始めるとなかなか変えられませんから。ただ、新しいテーマで成功体験が得られると、また全社的な雰囲気も変わりそうです。その点、Vitalityの展開も含めていかがでしょう。仕組みとしてはかなり大きな影響を与えた事業ではないかと思いますが。

中川:そうですね。Vitalityは2018年から開始したサービスで、1国1社しか扱えません。このサービスを扱うからこそ、実はクラウドの導入が不可欠だったんです。保険データの扱いが劇的に変わったことが、BIツール以外のデータプラットフォームやデータ分析基盤を作った理由でもあります。

田邊:なるほど。

中川:従来の保険では、データが発生するのはおもに加入時と支払時だけでした。営業職員とお客さまが接することで個人情報や契約時の情報など各種データが集まります。契約期間が数十年と長いので、それ以降はほぼ動きがなく、最後は満期や病気に罹患するなどの保険事故が発生して支払いが生まれ、そこで疾病情報やお支払い金額などのデータが貯まる……という感じです。それがVitalityでは接点が日々発生し続けるためにデータも毎日貯まり続けるのです。

田邊:サービス内容がデータ処理にも大きく関わっていそうなので、どんな商品なのか簡単に伺えますか。

“住友生命「Vitality」”の全体像。詳細は以下を参照。
https://vitality.sumitomolife.co.jp/

中川:保険商品とセットでご加入いただく有料のプログラム(Vitality健康プログラム)で、ステータスによって保険料が変動するサービスです。ステータスは、ウェアラブルデバイスやスマホで計測した歩数や心拍数の記録、Vitalityアプリに入力いただいた健康診断の結果など、毎日の健康増進活動の記録から算出されたポイントの年間累計で決まります。歩数は毎日、アクティブチャレンジは毎週、ゴルフやジムは取り組む都度、健康診断は毎年あるので顧客接点は発生し続けます。このデータはシステムにすべて集約されるので容量も桁違いになります。先ほどのBOSSは前回システム更改時の要領が5テラバイトでしたが、Vitalityの生データを格納するデータレイクは導入から約4年で90テラバイトあります。整理したデータでも20テラバイト以上ですから、さすがにもうExcelでは分析できません。
 
田邊:クラウド化やデータ分析が必要だ、という明確な理由になりますね。
 
中川:はい。ですので、営業職員の活動データなど社内データの作業と並行して、物量も種類も多様なVitalityのデータをどう利活用するか考えることも私たちの役割になりました。そこで2017年からは分析知識のある人材育成も行っています。Vitalityの導入が全社的なクラウド化や「人とデジタルの価値」の重視に舵をきるきっかけになったのでは、と改めて思います。
 
田邊:データ活用人材の育成にはどのような考えで取り組まれていますか。 

中川:基本的には社内で育成する方針で取り組んできました。外部から採用したのはデータチームを統括するAIオフィサーだけです。その方は保険のドメイン知識を持った方でした。育成の中心は弊社のシステム子会社のSLCのSEで現在10数人ほど。保険のドメイン知識にプログラミングスキルがあるので、その強みを活かしてリスキルしています。あとはアクチュアリー出身者が2人。保険数理や統計の専門家のセカンドキャリアという感じでしょうか。加えて新卒採用にも取り組んでいます。大学時代に統計・プログラミング等の経験のある学生を採用し、保険会社のデータサイエンティストとして一から育成しています。2020年から採用を開始し、現時点で8人になりました。

田邊:リスキリングって急がば回れの代名詞のように語られることが多いですが、そもそも見つけるべき人材は社内からですよね。 

中川:そうですね。社内のデータ分析にはドメイン知識やコミュニケーションスキルが重要なので、社内で育成する方が向いている気がします。SLCのSEは公募で集めたので意欲も高いですし、AIオフィサーはご縁があっていい方と巡りあえましたが、普通に求人募集をかけたとしてもなかなか優秀な人材の獲得は難しいと思います。

■Vitalityから社会のウェルビーイングを作るWaaS構想

田邊:中川さんはこの20年ほどデジタル環境の大きな変化に立ち会われてきたと思いますが、2030年までにどんな形になるといいと思われますか。

健康レポート 機能の概要とキャプチャ

中川:最近、Vitalityアプリに健康レポートという機能を追加したんですが、これはデータサイエンスチームが開発した機械学習モデルを組み込んでいます。今回、デジタルの取り組みを社内からお客さま向けアプリに活用できたので、次は見込み客、そしてWaaSのような対外的サービスにも提供していけたらと思っているんです。実は今、自治体と協働してVitalityを活用する実証実験も行っているんですよ。

田邊:まさに「社会のウェルビーイングに貢献する」取り組みですよね。もう少し内容を伺っても?

中川:2021年度には茨城県鹿嶋市での共創型プロジェクト、2022年度は「大阪スマートシニアライフ実証事業推進協議会」の一員としてそれぞれ実証実験が進んでいます。特に大阪は現在進行中なのでいろいろと忙しいです。

田邊:自治体での導入となると、ユーザー層もデータの種類もぐっと広がりそうです。

中川:大阪は特に「高齢者にやさしいまちづくり」にフォーカスした事業の一環なので、今までとはまた違った発見があるでしょうね。高齢者の医療費の増大は自治体が解決すべき喫緊の社会問題でもあるので、健康増進に着目したVitalityの活用は自治体側でも興味を持たれているのだと思います。

でも、こうした活動は事業開発チームやVitality運営チームとの協力が重要です。またWaaSは、Vitalityに興味を持って下さったスタートアップや色々な事業会社と繋がることで可能性が拡大する仕組みです。ですからターゲットや活用範囲の広がりを活かしつつ、価値創出を目指したいですね。その先にこそ「社会公共の福祉に貢献する」ことがあるでしょうから。もう一つ、社会貢献に真剣に取り組もうとすると、やはり自治体等との連携が必要になります。先ほどの自治体の例のような形で徐々に広がるといいですね。

田邊:5G化なども進み、扱えるデータ量は格段に増えたものの、実はデータを持て余す企業も多くあります。でも御社はデータと非常にうまく付き合われている印象を受けるのですが、これはなぜなんでしょう。

中川:どうでしょう。私たちも現場も経営層も、全員がデータを活用していかなければならないという意識はあるとは思いますが、経営からは「もっとデータを活用できないか」と聞かれます。全員がデータ活用に高い意識を向けており、私たち自身もまだ道半ばとの思いは強いので、その空気感がもしかすると伝わっているのかもしれませんね。

田邊:その空気感は、やはりリーダーの存在感によるものですか。 

“住友生命「Vitality」“加入者の歩数・健康診断結果およびアンケート調査結果
“住友生命「Vitality」“がもたらす変化
“住友生命「Vitality」“会員のステータス別 死亡率・入院率比較

中川:ええ、すごく大きいです。データの取り組みは、ここからが正念場だと考えています。データは持っているだけでは意味がなくて、何かの形でお客さまやパートナーに還元しなければなりません。これは一例ですが、2021年3月にはVitality加入者データにより運動の継続率向上や健康診断結果の改善など健康増進に効果があるとの結果が算出できました。このデータをリワードパートナーやWaaSのパートナーに広げた場合、たとえば健康食品を提供する企業やスーパーのヘルシーフード中心の食事にするとどれだけ健康になれるかというデータもいつか取れることでしょう。顧客のエンゲージメントに繋がり、プログラムの核にもなる。Vitalityはデータの活用が運命づけられた商品だなと改めて思います。

田邊:ありがとうございます。では、最後の質問です。「中川さんにとってのデータとは?」 住友生命保険の一員としてでも個人としてでも構いません、データを扱う仕事をされる上でどんな存在か教えていただけますか。

中川:つまらないことを言うかもしれませんが、データは手段に過ぎません。それよりも“データを使って何がしたいか”が重要です。この2年、日々データに携わってきましたが、データドリブンの思考も「Aの部門にBのデータがあるからこんなことできそう」といった曖昧な出発点だとうまくいかないことに気づいたんです。何かを実現するためにデータを活用する。これがデータに価値を見出すには最も強化すべきことの一つだと思います。データサイエンティストの育成やデータ環境の整備はやはり手段なので、それ以上に企画を立てる人の面白さや価値が大切だなと最近は感じることが多いです。ですから今後は、ビジネスの発想とデータのリテラシーの両方を持ってデータビジネスが企画できる人材の育成を行いたいと考えています。
今後WaaSが実現すれば、Vitalityのデータは超ユニークなデータになると思います。保険のデータの強みは、健康診断結果や病気による支払いの発生など結果のデータがあることです。人や社会がVitalityと連携し、結果に到るプロセスのデータとも繋がれば、結果のデータの価値もグンと上がるはずです。達成したい目的のためにデータという手段を活用する。そんな商品を生み出す発想こそが不可欠なのだと思います。

田邊:今日はありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。Vitalityを軸としたデータ活用と企業の枠を飛び越えて行われるエコシステムの構想は、実現すればまったく新しいサービスや効果を生み出すことにもなりそうです。その一方で、データはあくまで手段、と冷静に対峙されている中川さん。未来のデータ活用には、発想力や企画力はもちろんですが着実さと冷静さも不可欠であることを感じました。

文 木村早苗
写真 橋本美花