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優勝をめざすための行動とは何か。ストーリーがデータを価値ある存在にする〜川崎ブレイブサンダース 佐藤賢次さん【データ×プロバスケットボール】

「川崎ブレイブサンダース」は、神奈川県川崎市を拠点に活動するB.LEAGUE(以下Bリーグ)所属のプロバスケットボールクラブです。1950年に創設された東芝バスケットボール部が前身で、現在はDeNAが運営母体。地元密着型のチームとして幅広い世代のファンに愛されています。そのチームを2019年から率いるのが、ヘッドコーチの佐藤賢次さん。自らの選手経験とアシスタントコーチ兼アナリストとして約6年間戦略分析に関わってきた経験を元に、積極的にデータを活用されています。その佐藤さんに、プロバスケットボールとデータの関係や川崎ブレイブサンダースのデータ活用について伺いました。

佐藤賢次さん(川崎ブレイブサンダース ヘッドコーチ)
奈良県出身。洛南高、青山学院大学を経て東芝(現:川崎ブレイブサンダース)に入社し、バスケットボール選手として活躍。2011年の引退後はアシスタントコーチ兼アナリストを務め、2019年5月に現在のヘッドコーチに就任した。2021年、2022年の天皇杯を制する。

■“勝って当たり前”のチームがめざす3冠王

川崎ブレイブサンダースのミッション

田邊:川崎ブレイブサンダースは2年連続で天皇杯を制していますね。そのチームを率いるヘッドコーチとして、佐藤さんが意識されているミッションを教えてください。

佐藤:プロスポーツのチームを率いる以上、優勝という結果を出すことが第一です。それから、川崎ブレイブサンダースには「Make the future of basketball-川崎からバスケの未来を-」というミッションがあるので、その実現のためにコートでできることを考え、みなさんに伝えていくこと。たとえば、質の高いプレーや情熱、チームの連携、諦めない気持ちなどを通じて、川崎市やバスケットボール界の未来をつくっていくことです。川崎フロンターレさんという偉大なお手本のように、地域の方々がホームアリーナであるとどろきアリーナに足を運んでくれるファミリー感あるチームとして、バスケットボール界の底上げにも役立てる存在でありたいです。

田邊:川崎市民と一丸になれる存在になりたいと。フロンターレさんをはじめ、川崎市って元々スポーツによる地域活性の取り組みが盛んなのですか?

佐藤:福田紀彦市長のご支援もあり、「川崎市ホームタウンスポーツ推進パートナー」であるWリーグの富士通レッドウェーブ、VリーグのNECレッドロケッツなどと一緒に川崎を盛り上げようという動きはありますね。でも、うちの場合は元沢伸夫社長のチームにかける想いが特に強く出ているんだと思います。

田邊:なるほど。佐藤さんのミッションは着々と達成されているように思いますが、ご自身では天皇杯の連覇を振り返っていかがですか。

佐藤:ヘッドコーチになって4年目ですが、現ゼネラルマネージャーの北(卓也)さんがヘッドコーチの時代から強かったんです。そのチームを引き継いだので勝って当然、勝たなきゃいけないと思ってます。ですから目標は常にリーグ優勝。天皇杯は、その到達点の一つなんです。でも、リーグ戦と違って天皇杯はトーナメント方式で一度負けたら終わりなので、決勝でやりたいバスケができるように逆算し、期ごとのターゲットを決め、そこで設定した目標をクリアしながら積みあげる形にしました。選手みんながこの方針をよく理解し、取り組んでくれたことが大きかったと思います。特に2年目は、1年目とロードマップが違ったにもかかわらず勢いよく決勝に臨め、僕自身も手応えを感じる年でした。

田邊:ターゲットにもいろいろあると思いますが、その達成状況はどうやって測るのでしょうか。

佐藤:1年目は天皇杯が短期決戦の上に、インフルエンザやケガなどで直前に選手がバタバタと減る中でも決勝に進むことができました。ですが、力を出すべき場や時にメンバーがいないとやりたいことができないし、チームとしてもったいない、そう実感しました。2年目の天皇杯は長期戦だったので、10月と2月に準々決勝まで、3月に準決勝と決勝までと試合に沿って目標を定め、各期で段階的に強化できる練習メニューにしました。基本システムを磨き上げる時期、試合に変化を与えるゲームチェンジの引き出しを蓄える時期、という感じですね。

田邊:今年もその方法を継続されているわけですね。

佐藤:そうですね。この3年間、地区、天皇杯、リーグの3冠を目標にしてきました。1年目は新型コロナウイルス感染症の影響でリーグ中止となりましたが、2、3年目とも準決勝で敗退しています。その悔しさをエネルギーに変えるべく、今年は一番をBリーグ優勝とし、天皇杯すらもそこに辿り着くためのターゲットと考えています。

田邊:順調ですか?

佐藤:8月22日に、10月1日の開幕に向けた練習が始まったところです(取材は9月1日)。新たに加入したマイケル・ヤングジュニアも合流して、今のところはいい感じです。スタート期はフォーメーションを覚える導入練習が中心なんですが、27日には福島ファイヤーボンズとのプレシーズンマッチがあったので、午前は導入で午後はガチンコ試合。選手たちはめちゃくちゃ疲れていましたよ。うちは結構容赦ないんです。でもこの2週間をやりきればリカバリー期間があるからがんばろうね、と。

■チームの強みを引き出す独自のデータとストーリー

田邊:練習のスケジュールや戦術管理も過去の知見やデータの積み重ねでできていると思いますが、業界がデータ分析や活用を始めたのはいつ頃ですか。

アシスタントコーチ時代に使っていた編集ソフト

佐藤:「シュート成功率が高い選手だからディフェンスを厚くする」などの活用は選手時代からやっていました。でもゲーム映像を編集して分析ソフトで分析する、そんな本格的な活用は11年前にアシスタントコーチになってからです。バスケットボール界の流れもあり、僕自身もデータから戦略を考え、映像にストーリーをつけて編集する作業が好きだったので自然とやっていましたね。VHSビデオのリプレイで何時間もかかっていたことが、ツールの進歩で効率化された結果だと思います。ただ当初は情報が全然なくて、ソフトウェア会社の方に他のスポーツの事例を聞くなど、試行錯誤していたんですよ。

田邊:データの抽出は試合からでしょうか。たとえば、どんな要素がありますか?

佐藤:試合中の数値と映像、両方ですね。特に数値には3種類あって、一つは全チームが見ているであろう試合中のデータです。点数やシュート率などチームやプレーを客観的に評価するデータで、Bリーグの公式サイトなどから引用します。次はチームが重視する要素を数値にした独自の試合データです。分析スタッフにこんな数字を取りたいとお願いして、一覧できるプログラムを開発してもらっています。最後が身体のコンディション作りに関するデータで、走行距離や運動量や負荷を見るものです。

田邊:すごい!この「チーム独自のデータ」とはどんな数値を?

佐藤:速攻の成功率とかですね。うちは速攻が強みの一つなので、たとえば一試合で80点取ったらその何点が速攻だったかチェックします。これは他のチームが同じものを見てるかといえばそうじゃないですよね。うちは速攻の中でも、どの攻撃パターンの時に、どんな流れで出せて、どの位置で、誰がシュートを入れたかまで掘り下げます。バスケットボールはだいたい一試合に70から80回の攻撃がありますが、オフェンスごとにどんなシュートで終わらせるか、ディフェンスごとにどんなシュートを打たせないかも設定しているので、その達成度もチェックしています。見ますか?

田邊:ぜひお願いします!このシステムは自作ですか?

チーム独自のデータを見るためのシステム画面

佐藤:ええ、うち独自のものです。「EOF」はイージー(簡単な)ショットとオープン(ディフェンスがいない状態の)シュート、ファウルでもらうフリースローシュートの合計で、この試合は65%なので非常にすばらしい試合だと。45%を超えるとうちらしいオフェンスができている感じですね。最初はこの基準も曖昧でしたが、データを取り続けてやっとわかってきたところです。逆に相手のEOFが42.9%なので、ディフェンスも成功しています。分析チームは、試合後はもちろん試合中もリアルタイムでこうしたデータを取ってくれていて、うちらしいゲームメイクに欠かせない存在です。

試合中の分析チーム

田邊:こうした取組みは、アシスタントコーチ時代からですか。それともヘッドコーチの就任を期に始められたものですか。

佐藤:ヘッドコーチになった時に、コーチ陣やスタッフ陣と話し合って決めました。今年からこういうバスケをするからこのデータを取ったらどうか、などいろんな試行錯誤を通じて生まれたものです。
僕は、チームの文化づくりを特に重視しています。名前の付け方や言葉の選び方もその一つで、ヘッドコーチになった時には7つのキーワードを立てました。中心が2つのBと2つのD、「Be Ready(準備する)」「Be Tough(タフに戦う)」「Dictate(自分から仕向ける)」「Disrupt(仕掛けて相手を混乱させる)」で、どんな時にも頭に浮かべる判断軸。そこに2つのC「Communication」「Competition」を加え、コミュニケーションでチームを固めつつ競争心を忘れない気持ちを醸成する。最後の1つのK「Keep Running」で、絶対に最後までプレーを止めずに走り続けて追いかける決意を持ってもらう。これらを浸透させることで川崎らしさや色が濃くなることを狙っているんですよね。

田邊:どうすればチームが一丸となれるかをつねに考えてらっしゃると。データもその文化の一部と考えると、活用方針や方向性は、効果的な運用にも不可欠だと思います。データの使い方について、就任時に改めて決められたことはありました?

佐藤:僕が選手の頃に一番嫌だったのが、データを頭ごなしに言われることでした。「スリーポイントの成功率20%しかなかったぞ」なんて言われると「こっちにも色々あるんすよ!」みたいなね。わかっちゃいるけど、それだけで判断されると反発してしまう。やっぱり「AをめざすにはBが大事だから、Cの数字をよくしよう」というストーリーがないと、データは活きないです。今や情報もデータも取ろうと思えば膨大に取れる時代で何を選ぶか。そのためにも明確なストーリーが不可欠だと思っています。

田邊:そのストーリーは一年間の長編ですか。それとも第1話、第2話と短編があるのか、どう設定されるんですか。

佐藤:それは鋭い質問ですね! 基本は長期につながっていますが、期間が長すぎると選手に響かないので、1〜2カ月の短期に区切って目標を積みあげます。大きな目標をめざす道程に小さな目標をたくさんつくり、目標1は「Aが絶対必要だからAの数字をこうしよう」、目標2は「映像で見た連携Bをこうしよう」と細かく決める。全体で見ると全部が続きものなので、足元を一段ずつ固めることで最後は大きな目標に辿り着くイメージです。

田邊:短期目標の内容は最初に全部決めるのですか、それともその都度調整するとか。

佐藤:最初にこの時期はここをめざす、とは決めますが、微調整はします。ヤングジュニアもそうですが、映像や試合でどんな選手か知っていても、実際に他の選手と組んでみないとわからない部分も多いですから。未完成ですが、今シーズン分は作ってあるのでちらっとお見せしますね。

今シーズンのロードマップ

9月1日までプレシーズンのフェーズ1で、基本のシステムを育てます。リカバリー後から開幕まではプレシーズンのフェーズ2で、ゲームチェンジや攻撃の終わり方などの戦術の積み重ね。レギュラーシーズンのフェーズ1からはターゲットが天皇杯になります。

田邊:そんなに細かいんですね。チームの練度や完成度はスタッツデータでモニタリングされて、今は50だけどこの時には60まで上げる、といった設定をされたりも?

佐藤:いえ、達成度の評価には数字はあまり使いません。あくまでもコーチ陣の目で見てなるべく総合的な評価をするようにしています。シュートの成功率が悪くても、シュートまでの過程がめざす形であれば最後は必ずよくなります。むしろ、そういう選手には数字が悪くても絶対上がってくるから自信持って、と励ます材料にしているというか。数字も過程もよくない場合は、納得せざるを得ない映像を使うことが多いですかね。やはり、何を選択してどう使うか。そして、相手にどう響かせるかが重要です。

■ライフログを選手のパフォーマンス向上に活用する

田邊:おもに3つ目の数値データを扱われるコンディショニングチームとは、データの活用をどのように進められていますか。

佐藤:そこはお任せですね。うちで長年フィジカルパフォーマンスマネージャーを務めておられる吉岡淳平さんをトップに、アスレチックトレーナーやストレングス&コンディショニングコーチ、管理栄養士がいて、非常に的確に選手をサポートくださるので安心しています。実は、全員の選手が毎日、練習中や試合中の運動内容をウェアラブルデバイスで計測しているんです。その走行距離や動作の強度、加速やストップ、急ストップなど膨大なデータから有益な情報を抽出し、選手の疲労度も加味してケガしにくい強度の練習量や内容を提案してくれています。選手をフレッシュな状態で練習や試合に送り出せるよう、栄養や睡眠、リカバリーなど生活面も含めたアドバイスもしてくれるんです。

ウェアラブルデバイス
コンディショニングチームがまとめているデータ表

デバイスの進化やデータが詳細になると、同じだけマンパワーも必要なのが難しいところですけどね。今は吉岡さんが技術部分も把握されているので、練習の強弱やチームコントロールはうまくまわっていると思います。ただ、コートでの動きとトレーニングやケアなど身体づくりの連携はまだまだです。右に行く速度が遅いからAの強化が必要、そのためにBのトレーニングをしてコート練習ではCをやる、といった個人メニューまでは手をつけられていないのが課題なので、むしろ大きな伸び代でもあります。ここをつなぐ人材が増えるとスポーツ界はもっと発展していくでしょうね。

田邊:スポーツがここまでデータ活用のど真ん中にあるとは思わず驚きました。これは近年のことですか。

佐藤:そうですね。選手がつけているデバイスも昔は外練習でしか使えなかったんですが、今や室内でも使えるし、パソコン1台あればデータを共有できます。デバイスの進化がスポーツ界のデータ活用を進化させたのは間違いないと思います。

■選手の士気を奮い立たせる“よきパートナー”

田邊:先ほど、説明には映像も数値も使うとのお話がありましたけど、その影響で選手の試合内容が変わったご経験はありますか?

佐藤:そうですね、日本代表のアシスタントコーチ2年目の時ですかね。アジア選手権兼リオオリンピック予選(「第28回FIBA ASIA男子バスケットボール選手権大会(兼 2016年リオデジャネイロオリンピック アジア地区予選)」)で、アジア1位のイランにボロ負けした1回戦の映像を編集したんです。2m13cmの選手が床にダイブしてボールを取る場面があって、普段はそんな気性の選手ではないのに、オリンピックのかかった試合だと1回戦からここまでやるのか、と僕自身衝撃で。気持ちで負けているようではダメだと、相手の気迫や思いの強さ、プライドをかけた様子がわかる場面を繋いで「もうオリンピック予選は始まってるんだぞ!」と選手のメンタルに働きかけたんです。そしたら空気感がガラッと変わり、最終的にはベスト4まで行けました。映像や数字には人を変える力、目の色を変える力があると実感したし、それを伝えたことで思いを実現できた。あの経験はヘッドコーチになった今でも力になっています。

田邊:そんなご経験があったとは。そんな佐藤さんが、今後のチームづくりで実現させたいことや目標はありますか。

佐藤:選手一人ひとりが、いつでも目をキラキラさせてコートに出て行ける状況をつくること。選手って調子が悪いと目が曇ってしまって下を向きがちだし、なんとなくモヤがかかっちゃうんですよね。だからこそ、スタートやベンチメンバーを問わず、コートに出る時はみんながやることを理解している、いつも輝いている。そんなチームづくりができたらと思います。

田邊:2030年の川崎ブレイブサンダースは、どんな姿になっていると思いますか。

佐藤:今のとどろきアリーナより2倍も3倍も大きなアリーナに、満員の川崎のみなさんの前で選手が駆け回ってバスケットボールに打ち込んでいる未来かな。アリーナにはデータを自動で取れるカメラがいくつもあって、試合後はまとめられたデータを選手が自由に見ることが出来て成長に活かし、コーチ陣はデータからレビューをつくっていて、横にある練習場も同じような仕組みで練習中のデータも全部使って評価できる。そんな仕組みがうまく回っている。Bリーグの中でもデータ活用などで先を行くチームになっていたいですね。

田邊:ありがとうございます。最後に、佐藤様ご自身にとって、データとはどんな存在ですか。

佐藤:よきパートナーであり、時にはダメ出しをしてくれる仲間でもあります。切っても切れない存在なので、今後もなかよくしていきたいと思います。

いかがでしたか。「データで頭ごなしに指摘しない」、「データが生きるのはストーリーがあってこそ」、「理解してもらうためにデータを活用する」など、バスケットボールの指導者として、戦術を編み出す先導者として、ご自身の経験を活かしながらチームの運営にデータを活用されている佐藤さん。想像以上にデータが活かされていることを知り、驚かされることがたくさんありました。また、データとともに掲げられた厳しくも暖かい方針が、チーム全体を包んでいる。そんな様子も垣間見られ、たくさんのファンに川崎ブレイブサンダースが愛される理由が少しわかったような気がしました。

文 木村早苗
写真 橋本美花、川崎ブレイブサンダース